姫さま、ふぁいとっ!
簀子縁で見つめあう二人を物陰から窺う瞳が二組。

「どうやらうまくいったようですわね、姫様」
「本当に」
紫姫は、自分付きの女房・雪乃の言葉にほっとした様子で答えた。
先程花梨の部屋を辞してから、二人は心配で、ずっと事の成り行きを窺っていたのだった。

「泰継殿が式神に文を届けさせると仰ったときは、本当にどうなることかと思いましたけれど」
紫姫が小さな溜息を吐きながら言った。「やれやれ、一安心」と言わんばかりの表情である。
「彼の陰陽師殿は、本当に神子様のお気持ちに気付かれていらっしゃいませんの?」
雪乃は、『本当に』という単語を強調して訊ねた。
「そのようですわね……」
紫姫は、またもや嘆息する。

龍神の神子・高倉花梨が地の玄武である安倍泰継に想いを寄せていることは、自分たちだけではなく、おそらく八葉たちも全員が知っていることであろう。
当の陰陽師殿を除いては……。

「先日から神子様が今度の物忌みには泰継殿を呼ばないと仰っていたから、なんとしても泰継殿においで頂けるように、八葉の皆様方とも申し合わせておきましたのよ」

花梨を慕っている紫姫は、なんとか花梨の想いを叶えようと、花梨と泰継が二人きりになれるように取り計らったり、様々な水面下での努力をしていたのであった。
しかし、よりにもよって相手はあの泰継である。

――非常に手強い……。

他の者にはバレバレな花梨の気持ちも、こういうことには全く鈍い彼にはなかなか届かないのだ。
もっとも、「人のこころが分からない」と言う彼に、「女心を理解しろ」と言うほうが酷な話なのだが……。

「本当に……泰継殿にはもう少し神子様のお気持ちを察して頂かなくてはなりませんわ。そのためには、わたくしたちも頑張らなくてはなりませんわね、姫様」
雪乃の言葉に紫姫が頷いた。
「わたくし、これからも神子様の幸せのために頑張りますわ!」
紫姫は、小さな手をぎゅっと握り締めた。
それを見た雪乃が、花梨に教えてもらった異世界の激励の言葉を掛けた。
「姫様、ふぁいとっ!」







〜了〜


あ と が き
創作本編のおまけとして、涙様に差し上げました。最初の設定で話を進めた場合のエンディング?
昼休みにヒマだったので、書いてみたものです。
実は紫姫が何もかも画策していたというオチでした。泰継さん以外の八葉が来られないと言っていたのも、穢れを発生させて泰継さんの足止めをしていたのも(笑)。少々ブラックな紫姫です〜。
私は紫姫が好きなので(その割にはちょっとブラック入ってますけど、そこは神子様至上主義なだけということで(笑))、今後も登場回数多いかも。彼女の泣き顔には、はっきり言って泰継さんの泣き顔以上にやられました。八葉の涙もいいですが、女の子の涙もいいですよね。
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