母親似の男の子
勝真とイサトの二人は、四条の館を出た後、先程会って来たばかりの泰継と花梨夫妻の話をしながら、小路を北に向かって歩いていた。

「なあ、勝真」

話が途切れ、暫くの間無言のまま歩いたところで、イサトが勝真に声を掛けた。
「何だよ?」と声に出して問う代わりに、勝真は隣を歩くイサトに視線を向けることで先を促した。

「オレ達、泰継に似た男の子と女の子、それに花梨に似た女の子の話はしたけどさ。花梨に似た男の子が生まれたら、って話をしなかったよな」
「……そういや、そうだったな」

少し考えた後、勝真が答えた。
言われてみればその通りである。
九条でイサトとばったり出会い、四条の館に花梨を訪ねようということになって、四条までの道中に話したのは、二人の間に生まれた子が泰継に似た男の子だった場合と花梨に似た女の子だった場合、どんな子に育つだろうということだった。そして、四条の館で花梨が「泰継に似た子が欲しい」と言い出したことで、泰継に似た女の子が生まれたらという仮定で話した。
しかし、花梨に似た男の子だったらという話は、何故か一度も話題に上らなかったのだ。

「勝真はどう思う?」

意見を求められた勝真は、逆にイサトに問い返した。

「どうって言われてもな……。お前こそ、どう思うんだよ?」
「質問に質問で返すなんて、ずるいぜ」

そう言いながらも、イサトは自分の意見を述べた。

「オレは、別に花梨に似た男の子でも良いと思うんだ。ただ、さ……」
「『泰継の跡を継いで陰陽師になるなら、花梨に似ない方が良い』――だろ?」

イサトが濁した言葉を継いで、勝真が言った。

「おっ、分かってるじゃんか、勝真!」

我が意を得たり、と書いてあるような満足気な表情で、イサトが嬉しそうに声を上げた。
「やっぱ、そう思うよな」
と、したり顔でイサトが呟く。

「まあ、少なくともあいつみたいな危なっかしい奴に、仕事を依頼しようとは思わないだろうな」

勝真もイサトと同じ意見のようだ。

怨霊調伏だけが陰陽師の仕事ではないが、やはり命に係わるような案件の場合、落ち着きのある者の方が任せ易く、信頼出来るのは事実である。泰継のあの何が起きても動じることのない冷静で泰然とした態度は、怨霊に怯える依頼者には心強く感じられるはずだ。
実際、八葉の務めで彼と共に怨霊と対峙したことのある勝真とイサトも、強大な敵を前にしても表情を一切変えない泰継を見て、自分達も浮足立つことなく落ち着きを取り戻すことが出来たという経験があった。八葉の中で怨霊に最も詳しいのは陰陽師である泰継だったから、彼が冷静に対処しているのを見て勝てない敵ではないのだろうと判断出来たからだ。本人は全く気付いていなかったようだが、敵が強大であればあるほど、泰継の変化に乏しい表情や落ち着き払った態度は、周囲の者達に安心感を与えていたのである。
そういう意味では、陰陽師というのは泰継にとって天職と言えるのではないだろうか。

反対に、花梨の場合、龍神の神子として前向きに努力していたことは誰もが認めるところではあったが、揉め事や危険な事にも後先顧みず無鉄砲に飛び込んでしまうということが何度もあった。それは、困った人を放っては置けないという彼女の性格に起因する行動だったのだが、その度に振り回されていた側の人間としては、もう少し慎重に行動するようにと小言の一つも言いたくなるのだった。そんな時に最も花梨にきつく説教していたのは、他でもない泰継だったのだ。
常に冷静な泰継と無鉄砲な花梨。
そんな正反対な性格の二人が、今では他人の目も気にせずイチャイチャするほど仲睦まじい夫婦となっているのだから、人の縁とは不可思議なものである。

「あいつら、なんだかんだ言ってもあれで釣り合いが取れてるんだろうよ」
「まあ、両極端な奴らだからなぁ。足して二で割れば丁度良いんじゃないか」

勝真の意見にイサトが同調する。

「生まれて来る子供もどちらかだけに似るんじゃなくて、二人の性格を均等に受け継いだ方が良いのかもしれないな」
「でも、やっぱ陰陽師になるなら、泰継に似た方が絶対良いと思うぜ?」
「それは同感だが」

そんな事を話しながら並んで歩いていると、いつの間にか寺へ帰るイサトと道を分かつ地点が目の前に迫っていた。四条から結構距離があったはずだが、話に夢中になっていた所為か、全く気付いていなかった。
いずれ劣らぬ型破りで傍迷惑な夫婦であるだけに、話の種は尽きないのである。
しかし、彼らの子供を話の種に色々と想像を巡らせることが出来るのも、後少しの間だけだ。生まれた子が泰継と花梨のどちらに顔立ちが似ているのか、今月中には判明することだろう。

「生まれたらさ、皆で見に行こうぜ」
「ああ、きっと」


そう約束を交わし、二人は別れたのだった。







〜了〜


あ と が き
2014年9月1日より拍手のお礼として掲載していた「父親似の女の子」のおまけのショート・ストーリーです。対のお題があったので、これも書いてみました。
泰継さんと花梨ちゃんの間に生まれた子が男の子で、父親の跡を継いで陰陽師になるのなら(安倍一門に属している限りそうなるのでしょうが)、是非泰継さんに似て欲しいと思います。親子で事件を解決する姿とか見てみたいなぁという、個人的な願望込みですが(笑)。
読んで下さった皆様、ありがとうございました!
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