贈り物
終了のチャイムが鳴ると同時に教室を飛び出した花梨は、泰継との待ち合わせ場所へと急いだ。

今日は二月十四日――。
泰継が現代に来て初めて迎えたバレンタインデーである。



学校帰りに彼と外で待ち合わせる時によく使っているのは、花梨の学校の最寄り駅に程近い場所に在る小さな喫茶店だった。学校の近くに在るとは言え、表通りから細い路地を入った場所に存在する落ち着いた雰囲気のこの店には、近所の年配者の常連客が多く、女子高生はあまり立ち寄らないからだ。
泰継がこちらに来て間もない頃、一度だけ彼が校門の前で花梨を待っていたことがあったのだが、その日以来、花梨は放課後泰継と会う時は、彼のマンションを訪ねることにしていた。そして、どうしても外で待ち合わせる必要がある時には、同級生たちの目の無い場所を選んでいる。今日の待ち合わせ場所である喫茶店もその一つだった。

(あの時は酷い目に遭ったものね……)

駅へと続く道を早足で歩きながら、花梨は泰継が校門の前で自分を待っていた日のことを思い起こした。
本人には全く自覚が無いようだが、泰継はとにかく目立つ。容姿はもちろんのこと、真っ直ぐに背筋を伸ばした立ち姿や立ち居振る舞いも美しく、何処にいても人目を引くのである。彼とのデート中、いつの間にか注目の的になっていたことも、一度や二度ではなかった。
その芸能人顔負けの容姿を持つ彼が、年頃の女の子ばかりが通う女子校の正門前に立っていたのだから目立たない訳は無く、忽ちの内に生徒たちの間で、「校門前で誰かを待っている、あの格好良い人は誰だ」と噂になっていた。
それが、同級生たちの間では奥手な子と認識されていた花梨の彼氏だと判明し、その翌日から暫くの間、からかわれたり質問攻めに遭ったりと、花梨の周囲では大変な騒動となったのである。
それに懲りて、花梨は泰継に学校の前で待つのは止めて欲しいと頼んだ。
頼まれた泰継の方は腑に落ちない様子だったが、近くの喫茶店で待ち合わせようという代替案を出すと、渋々ながらも首を縦に振ってくれた。
以来、学校帰りに彼と待ち合わせの約束をする時、「いつもの場所」がこの店を指すことは、二人の間での約束事となっているのだった。



目的の店に着き、窓から店の中の様子を窺うと、既に近付いて来る花梨の気を感じ取っていたらしく、泰継がこちらを見て微笑んでいた。
それに微笑みで応えた後、花梨は店のドアを開けた。カラン、とドアに取り付けられたベルの軽やかな音が店内に響く。

「いらっしゃい」

店に入ると同時に、既に顔馴染みとなっているマスターの声に迎えられた。
声を掛ける直前までカウンター席の客と話していたらしいマスターに、「こんにちは」と笑顔で挨拶だけすると、花梨は真っ直ぐに奥のテーブル席へと向かった。





「ごめんなさい。待たせちゃいましたか?」
「いや。私もさっき来たばかりだ。謝る必要はない」

案の定、約束の時間より早く来て待っていた泰継に詫びると、彼からはいつも通りの答えが返って来た。
しかし、花梨は泰継の「さっき来たばかり」という言葉を信用してはいない。彼は、約束の時間よりかなり早い時間に来て待っていることが多いからだ。
鞄を椅子の上に置きつつ、泰継の前に置かれたコーヒーカップをさりげなく視界の片隅に入れて確認してみると、やはり中身は半分くらいに減っていた。
あまりに予想通りの結果に、花梨は思わず口元を綻ばせてしまう。
泰継がいつも待ち合わせ時間より早く待ち合わせ場所にやって来るのは、花梨を待たせることがないようにという彼の心遣いなのだろうが、それだけでなく、会うのを楽しみにしてくれているのだと、花梨には思えるのだ。何故なら、花梨自身も彼に早く会いたくて、終了のチャイムが鳴ると同時に教室を飛び出して来たからだ。
花梨が口端に笑みを浮かべたちょうどその時、水とおしぼりを持ってウェイトレスがこちらにやって来たので、花梨は慌ててコートを脱ぎながら紅茶とチーズケーキのセットをオーダーすると、泰継の向かいの席に座った。





「それで、今日は一体何があるというのだ?」

花梨がオーダーしたケーキセットが運ばれて来るのを待っていたかのように、泰継が訊ねて来た。
その問い掛けに、花梨の肩がぴくりと震えた。
勇気を出して泰継を誘ったのに、いざ本番となると、覚悟が揺れる。

今日は、バレンタインデー――。
女の子が好きな人に告白する絶好の機会となる日である。

泰継とは既に京で、お互いの気持ちを確かめ合ってはいるが、彼が現代に来てくれたからには、現代のやり方で、改めて自分の想いを彼に伝えたいと思ったのだ。
こちらの世界に来てまだ五ヶ月の彼は、今日がバレンタインデーであることを知らないはずである。そもそも、バレンタインデーが何の日であるのかも知らないのだろう。
そんな彼に、花梨は二月十四日には仕事を入れないで欲しいと前々から頼んでいた。バレンタインデーのことを泰継に説明しなかったのは、何となく恥ずかしかったからだ。
当然の事ながら理由を訊ねられたが、絶対に二月十四日に会いたいのだと告げると、訝しげな表情を浮かべながらもそれ以上は追及せず、「わかった」と了解してくれた。
今年の二月十四日は生憎平日だったので、放課後になってしまったが、花梨の希望通りにこうしてデートすることになったのである。
泰継のマンションではなく、この場所で待ち合わせることにしたのは、彼のマンションには、恐らく彼と同居している泰明を訪ねて、あかねがやって来ると思ったからだ。鉢合わせたところで気まずい思いをする相手ではないが、やはり特別な日には泰継と二人きりで会いたいというのが本音だった。きっと、あかねも同じことを考えているはずだろう。

勇気を奮い立たせるように、花梨は膝の上に置いた小さな紙袋の中に手を入れて、用意したプレゼントの存在を確かめた。
意を決して、それをテーブルの上に出す。

「あの…、これ、泰継さんに……!」

そう言いながら、花梨は両手で勢いよく紙袋を泰継の方に差し出した。
突然の事に、さすがに驚いたのか、珍しく泰継が目を瞠ったまま固まっている。
やはり、彼はバレンタインデーのことを知らなかったようだ。

泰継がこちらの世界に来る際、龍神は現代での泰継の生活環境を整えてくれたばかりではなく、基本的な現代知識をも泰継に与えてくれたらしい。しかし、泰継が龍神から与えられた知識は、飽く迄も現代で生活していく上で必要最低限な知識のみだったようだ。
そのため、泰継は花梨からだけでなく、こちらの世界で出逢い、現在は戸籍上の兄弟で同居人かつ仕事上のパートナーである泰明の神子であったあかね、そして時折泰明を訪ねてやって来る天真や詩紋からも、様々な知識を得ることになった。
その中には、天真が「現代カップルの基礎知識」と命名した、恋人達には欠かせないイベントに関する知識もあった。
昨年のクリスマスは泰明と泰継が現代に来て初めて迎えたクリスマスだったこともあり、天真の提案で恋人達にとってのイベントとしてではなく、クリスマスというイベントがどういうものかを泰明と泰継に実際に体験してもらうため、二人が暮らすマンションに集まり、皆でクリスマス・パーティーを催した。京から帰って来てからというもの、世話焼きな天真は、恋愛に不向きと思われる地の玄武二人に対して、何かと恋愛面での知識をレクチャーし、龍神の神子たちの恋を応援していたのである。
しかし、年明け以降、泰明と泰継の仕事が忙しくなり、週末も家を空けることが多くなったため、たまの休みに彼らと神子たちを二人きりで過ごさせてやるため、天真は最近泰継たちのマンションを訪れてはいなかった。
いつもは天真にフォローしてもらっているが、いつまでも友人を頼るわけにもいくまい。自分達の恋なのだから――…。
そう考えた花梨は、恥ずかしいと思う気持ちを抑え、今日は自ら泰継にバレンタインデーについて説明することにしていた。
ドキドキと煩い鼓動を抑えるために一度深呼吸し、ゆっくりと話し出す。

「今日は『バレンタインデー』と言って、女の子が好きな人に贈り物をして、相手に自分の気持ちを伝える日なんです」

今日、泰継を呼び出した目的を伝え終え、花梨は小さく息を吐いた。寒さのせいではなく、頬が少し紅潮しているであろうことを自覚する。
一方、大きく目を見開いたまま、受け取ることもせずに自分の前に差し出された紙袋を見つめていた泰継は、その言葉に視線を花梨に戻した。

「……贈り物? 私に?」
「はい。これは、私から泰継さんへの、バレンタインデーの贈り物です。日本では、チョコレートを贈ることが多いんですよ」

紙袋と花梨の顔の間に視線を往復させている恋人にそう答えると、花梨は泰継の前に紙袋置いた。


泰継は、目の前に置かれた紙袋に視線を落とした。
口をこちらに向けて置かれた紙袋の淡い黄色は、京で花梨が着ていた水干の色を思い出させる。
袋の口に目を遣ると、中にはラッピングされた長方形の平たい箱と、それより少し横幅が広く厚みのある箱が入っているのが見えた。

――今日は『バレンタインデー』と言って、女の子が好きな人に贈り物をして、相手に自分の気持ちを伝える日なんです。
――これは、私から泰継さんへの、バレンタインデーの贈り物です。

先程の花梨の言葉を反芻する。
それは、つまり、花梨が泰継のことを好きだと告白していることに他ならない。
花梨の想いは、既に京で、花梨自身の口から聞いていた。それ故、泰継は京を捨て、花梨と共にこの世界にやって来たのだから。
それなのに、何故だろうか。
胸が温かいと感じるのは。
これは、半年近く前に覚えたばかりの、『嬉しい』という感情だ――…。


「あ…あのね。私の気持ちは、京にいた頃、もう泰継さんに伝えているけど、こっちの世界のやり方で、もう一度泰継さんに伝えたかったの。泰継さんが、この世界に来てくれたから……」

紙袋に視線を落としたまま、考え事に沈んでしまった泰継に、花梨が告げる。
今まさに泰継が考えていたことを見透かしたように言う花梨に少し驚きながら、泰継は顔を上げた。


「それ、大きいほうの箱がチョコレートなの。あかねちゃんと一緒に、詩紋くんに作り方を教えてもらって…。私が作ったものだから、お店で売ってるものほど見栄えは良くないけど、一口でも良いから食べてみて下さいね」

泰継が然程甘い物を好まないことを、花梨は知っていた。そもそも彼は、こういった嗜好品に余り興味を示さないのだ。
しかし、バレンタインのチョコレートは特別なものだから、一口でも良いから口に入れてもらいたい。
手作りのチョコレートには、花梨の泰継への想いがふんだんに込められているのだから。

「お前が私のために作ってくれたものを、私が食さないわけがないだろう」

そう言いながら、泰継は紙袋の中に手を入れて、二つの箱に手を触れてみた。
泰継のことを思いながら作ってくれたのだろう。
いずれの箱からも花梨の気が感じられるが、特に大きいほうの箱から強く感じた。
チョコレートを作る花梨の姿が思い浮かび、泰継は自然と笑みを溢していた。

「この、薄いほうの箱は? 『バレンタインデー』に贈るのは、チョコレートだけではないのか?」
「あ、それは……」

微笑みを浮かべた泰継の顔に見惚れていた花梨は、泰継の言葉に我に返った。

「バレンタインにはチョコを贈ることが多いけど、他の物を贈っても良いんですよ。チョコを贈る習慣は、日本だけのものだというし……」

花梨がチョコレートの他に何か添えて贈ろうと考えたのは、昨年の泰継の誕生日とクリスマスにプレゼントを贈れなかったからだった。京から現代に帰った時、泰継の誕生日は既に過ぎていたし、あかねや天真と催したパーティーでは、プレゼントの交換を行わなかったからだ。もし行っていたとしても、花梨が選んだプレゼントが泰継に当たるとは限らなかったのだが。
だから、改めて泰継に何か贈りたくて、小遣いを貯めて用意したのだった。

「泰継さん、それ、開けてみて」
「今、ここでか?」

こくりと花梨が頷く。
それを確認し、泰継は紙袋の中から小さいほうの箱を取り出した。
平たい箱は、花梨の買い物に付き合って何度か一緒に行ったことのある、有名なデパートの包装紙で包まれていた。白を基調とした包装紙の四隅の一つに、リボンを模した金色のシールが貼られている。それには、“Happy St. Valentine's day”と書かれていた。
それを確認し、包装を解くため箱を裏返すと、裏には表に貼ってあった金色のシールとお揃いの楕円形のシールが貼ってあり、箱を包む包装紙を止めている。
泰継は包装紙を破らないよう、慎重にシールを剥がすと、包装を解いて箱を取り出した。
その様子を、花梨は笑みを浮かべて見守っていた。包装紙を破らずに箱を取り出しているところが、几帳面な彼らしいと思ったのだ。
箱のふたを開けると、中には紳士物の黒い革製の手袋が入っていた。

「これを、私に?」
「うん。もしかしたら、泰継さんはこういうのを着けるのは、嫌いかもしれないんだけど……」

そう切り出した花梨は、何故泰継へのプレゼントに手袋を選んだのか説明した。

「私、以前から気になっていたの。泰継さんはいつも薄着だけど、寒くないのかなって……」

暖房器具など整っていない京で、平地よりも気温が低い北山の奥地で長年過ごしてきた泰継にとって、現代の冬はそれほど寒いと感じないのかもしれない。
それでも、花梨は心配だった。
造られし者であったことから病を得た経験のない泰継が風邪など引いたりしたら、酷い症状になるのではないか――。
それが気掛かりで、泰継と一緒に買い物に出掛けた時に、暖かそうなセーターやコートを勧めていたのだが、やはり彼は薄手の物を好みとしているようだった。
動きやすいから、というのが理由らしい。
それなら、薄くても暖かそうな素材を使ったセーターを贈ろうかと考えた花梨だったが、ふと、先日手を繋いだ時に感じた泰継の手の冷たさを思い出し、手袋を贈ることに変更したのである。
そう説明すると、泰継は少し驚いたようだった。自分の手が冷たいものだとは、考えたこともなかったのだろう。

「印を組んだりする時には邪魔になるだろうから、お仕事中は使えないと思うけど、外出する時に使って欲しいなって思ったの。何もしないより暖かいと思うから」

花梨の視線は、いつの間にか泰継の瞳から逸れ、手袋が入った箱に向けられていた。泰継に贈ったプレゼントを見つめる花梨の顔には、優しい微笑みが浮かんでいる。
その様子を、泰継はじっと見つめていた。


花梨はいつも泰継のことを気遣ってくれる。
京にいた頃からそうだったが、こちらの世界に来てから、特にその傾向が強くなったようだ。
優しい花梨のことだから、生まれ育った世界を泰継に捨てさせてしまったことを、気に病んでいるのかもしれないと泰継は思う。
そのようなことを気にする必要はないのに……。
花梨の傍に在るためならば、泰継は何度でも京を捨てただろう。
花梨の隣が泰継が在るべき場所――。
花梨と共に人としての生を生きて行くことが、泰継の切なる願いなのだから――…。


泰継はそっと手を伸ばし、箱の中から手袋を取り出した。
花梨が見ている前で、それを手にはめてみる。
指の動きを確かめてみるが、花梨が言うほど邪魔だとは思わなかった。

「これならば、印も結べそうだ」

手を開いたり閉じたりしながら、泰継が言う。
花梨はその指の動きに見惚れていた。
ぴったりとした革製の手袋は、泰継の細く長い指にとてもよく似合っていた。

「暖かいな……」

手の動きを止め、目を閉じた泰継は、ぽつりと呟いた。
暖房が入った店内ではよく分からないはずなのだが、泰継には確かに暖かく感じられたのだ。
それは、きっと、花梨の想いが齎したものなのだろう。

閉じていた目を開くと、泰継は花梨に微笑みかけた。
琥珀色の瞳に見つめられ、美しい微笑みを向けられた花梨の頬は、忽ちのうちに薄紅色に染まった。

「ありがとう、花梨……」

心の底から嬉しそうに言う泰継に、花梨も笑顔で答えたのだった。





◇ ◇ ◇





「そう言えば、まだ聞いていなかったな」
「え?」


店を出て、駅へと向かう道に続く路地を歩き始めた時、泰継が口を開いた。
何の事か判らなかった花梨は、隣を歩く泰継の顔を見上げた。
訝しげな表情を浮かべて自分を見上げる花梨に、泰継は問い掛けた。


「こちらの世界のやり方で、私に伝えたかったこととは何だ?」


泰継の言葉は疑問形を取ってはいるが、花梨が自分に何を告げようとしていたのか、判らなかったわけではない。
むしろ、泰継には十二分に判っていたのだが、京で告げられた言葉を、もう一度、花梨の口から聞きたいと思ったのだ。
彼女が、自分を必要としてくれているという、言の葉を――…。
花梨が必要としてくれる限り、泰継はこの世界に存在することを許されるのだから。

「あ…えっと……。チョコに添えたカードにも書いたんだけど……」

思わぬ問い掛けだったのか、花梨は再び頬を赤らめ、それを隠すように俯いて、もじもじしている。
自分の想いを言葉として紡ぐのが恥ずかしいのだろう。
思ったことをそのまま口にする泰継とは違い、恥ずかしがり屋の花梨は、こういう態度を取ることが多い。
花梨と出逢う前は、はっきりとしない態度を取る人間に対して厳しい目を向けていた泰継だったが、花梨のこのような態度や仕草はむしろ好ましいとさえ思えた。

(恋とは、不思議なものだな…)

自らの心持ちの変化を嫌なものだとは思わない。
それらはすべて、花梨が齎してくれたものだからだ。
泰継はいつの間にか顔を綻ばせていた。



言い止したまま、暫くの間逡巡した花梨は、やがて意を決したのか顔を上げて一つ頷くと、その場に立ち止り、泰継の方に向き直った。
花梨が足を止めるのに一瞬遅れて、泰継もその場に立ち止り、花梨の方を向く。
向かい合って、真っ直ぐに視線を合わせた後、花梨は泰継に告げた。


「私…泰継さんのことが大好きだよ。だから、ずっと、傍にいて……」


彼と共に生きるために、一度はこの世界を捨てて京に残ろうとまで考えた。
しかし、泰継は自分の故郷を捨て、花梨と共に異世界へと旅立つ決意をしてくれた。

(いつも守られてばかりいる私だけど、こちらの世界では私の方が彼の支えとなって、一緒に歩んでいきたい…)

この世界で泰継と再会した時、花梨は改めて、そう決意した。
現実は、やはりこちらの世界でも泰継に助けられることの方が多かったりするのだが……。



勇気を奮って告白した次の瞬間、泰継に抱き締められ、花梨は驚きの声を上げた。

「や、泰継さん! ここ、道の真ん中だよ! 誰かに見られたら……」

その道の真ん中で愛の告白をしたことを棚に上げ、花梨が言う。人通りの少ない路地とはいえ、誰かの目がないとも限らない。こんなところを目撃されたら、知らない人であったとしても、やはり恥ずかしい。
ところが、そんな花梨の抗議は、感情を覚えたばかりと言いながら、意外と行動が大胆な泰継に、いつも一蹴されてしまう。

「構わぬ。見たい者には見させておけば良い」
「で、でも……」

まだ抵抗しようとした花梨だったが、泰継が溜息を吐くように小さく漏らした言葉に、抵抗する力を失った。


「――花梨の世界に来ることができて、良かった……」


滅多に感情を露わにしない泰継だが、少し掠れた低い声には、溢れんばかりの想いが込められていた。
それを感じ取り、花梨の目は潤み始める。


泰継がこの世界に来てくれて、本当に嬉しかった。
でも、心の何処かで、彼に故郷を捨てさせてしまったことを負い目に思ってもいた。
泰継は、花梨のそんな気持ちを察していたと思う。
しかし、泰継の言葉は花梨が抱く負い目を払拭するものではあったが、彼が決して花梨の心を軽くするためだけに発したのではないということも、花梨は理解していた。
泰継の声音から、彼が本当にそう思っていることが伝わって来たからだ。


「だから、ずっと、一緒にいよう……」


続けて耳に届いた泰継の言葉に、花梨は堪えきれずに泰継に抱き付いた。


「泰継さんっ!」


何度も彼の名を呼び、細身の身体を抱き締める。



――ずっと、一緒にいよう……。



京で交わした約束を、時空を越えたこの現代で、改めて誓い合う。



泰継と花梨にとって、互いの存在こそが、龍神から与えられた最高の贈り物なのだから……。







〜了〜


あ と が き
初めて挑戦したバレンタイン創作です。
泰継さんを現代にお持ち帰りした場合、花梨ちゃんは、やはり現代の恋人達には欠かせないイベントを大切にするだろうと思います。特にクリスマスとバレンタインデーなんて、PC版「遙か2」のおまけイベントでもやっていたくらいなので、現代に帰って来てやらないわけがない!――そう思って書き始めたお話でした。
以前、投稿作品としてクリスマス物を書いたのですが、その中で花梨ちゃんは、現代で泰継さんが迎えた2回目のクリスマスに手作りのマフラーを贈っているのですが、それよりも前に革製の手袋を贈ったことになっていたので、それを基に話を組み立ててみました。
きっと花梨ちゃんは、翌朝登校して教室に入った途端、友人達に取り囲まれて、昨日道端で何をしていたんだと追及されたのではないかと思います。電車通学している友達に、泰継さんと抱き合っているところを目撃されて。(駅へと続く表通りから丸見えだったと思われるので…。)そして、恋人達のイベントの日には、絶対泰継さんのマンションを訪ねることにしようと決意したと思われます。←当初の予定ではこんなオチの話でした。が、泰継さんが漏らした予定外の一言に、展開が変わってしまいました…(^^;
読んで下さった皆様、ありがとうございました!
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