Happy Birthday Morning 〜Yasuaki's Side〜
花梨の誕生日の翌日のことである。


「泰明さん、昨夜は遅かったんですね」
朝食後のテーブルにカップを置きながら、あかねが言った。
三日前から泰継と共に仕事に出掛けていた泰明が帰って来たのは、昨夜かなり遅い時刻だった。
普段から「遅くなる時は先に休んでいて良い」と言われているので、昨夜もあかねは先に床に就いて泰明の帰りを待っていた。しかし、彼が帰って来たのを確認したら安心したのか、睡魔に誘われるまま眠ってしまったので、時計を見ていなかったのだ。
「今回のお仕事、大変だったの?」
泰明の前に置かれたカップにコーヒーを注ぎながら、あかねが訊ねた。その問いに、新聞を読んでいた泰明は、顔を上げずに答えた。
「いや。依頼された仕事自体は、一昨日の夜には終わっていたのだ。だが、翌朝、今回の依頼主の知り合いとやらから相談を受けたので、遠出したついでにそちらも片付けて来た」
新聞を捲りながら、淡々と泰明が答える。
「お仕事、お疲れさまでした」
泰明の向かいの席に着き、笑顔で労うあかねに、泰明は読んでいた新聞を畳みながら、微笑みで応えた。
「問題ない。ただ、泰継が先に帰ってしまったので、後始末が面倒だったが……」
「え、泰継さんと一緒じゃなかったんですか?」
泰明の言葉にあかねが驚く。
彼らは単独で仕事に出掛けることも多いが、少しやっかいと思われる仕事には必ず二人で当たっていた。今回の仕事が「少しやっかい」の部類に入るものであることは、出発前に泰明から聞いて知っていた。もっとも、泰明と泰継のことだから、きっと直ぐに解決するだろうと思ってはいたが。
「昨日が花梨の誕生日だと言うので、一昨日の夜までに仕事を終わらせて、深夜先に帰ったのだ」
「そっか。昨日、花梨ちゃんの誕生日だったんですよね」
「神子の生誕の日であれば仕方あるまい」
――神子に係わることであれば、他の何よりも優先すべきだ。
コーヒーを飲みながら泰明が言う。
もう京にいる訳でもなく、龍神の神子と八葉という訳でもないのに、彼らにとってあかねと花梨は、今も自分たちの神子なのだ。もちろん、彼らが八葉の務めとして義務でそうしている訳ではないことは、あかねも花梨も承知している。
しかし――…
(深夜向こうを出発したんだったら、こっちに着いたのってきっと朝方よね…?)
彼らの気持ちは嬉しいけれど、そのために無理をされたのでは堪らない。
もう一泊する予定をキャンセルし、翌朝早く帰宅した泰継を出迎えた花梨の胸の内を思い、あかねは小さく溜息を吐いた。
そんなあかねの様子を見つめていた泰明が口を開いた。
「心配するな。あかねの誕生日に急を要する仕事が入った場合は、泰継に昨日と今日の借りを返してもらうことになっている」
あかねの溜息を全く違う意味に取り、笑顔で言う泰明に、あかねは再び嘆息するしかなかったのだった。


コーヒーを飲み終えた泰明が席を立った。
「もう出掛けるの?」
「ああ」
椅子の背凭れに引っ掛けていたネクタイを手に取りながら、泰明が答える。
「今日も泰継が休みを取っているので、私が出掛けねばならぬのだ」
仕事に先立って依頼主から事情を聴く際、訪問する日時やその他諸々の事務的なことは、主に泰継が依頼主と話し合うのだと聞いている。泰明が口を出すのは、最近では技術面の打ち合わせの時だけだと言う。
仕事のスケジュール管理などをやっているのも、実は泰継らしいのだ。
「あやつに任せて置けば問題ない」と泰明が言っていたことがあるが、面倒な事務処理を泰継に押し付けた訳ではなく、泰継の方が自分よりも事務的な処理が得意だから…、ということらしい。彼らの間では、仕事をする上での役割分担が決められているのだ。

同じ出自を持つものであるにも拘わらず、京では出逢うことのなかった二人が、今こうして良きパートナーとして仕事をこなしている。
それが、あかねと花梨をどれ程喜ばせたか、当の本人たちは知る由もない。

「正午過ぎには帰る」
考え事をしていたあかねは、泰明が掛けて来た声にはっと我に返った。
「あっ、待って、泰明さん!」
ネクタイを首に引っ掛けながら部屋を出て行こうとする泰明を慌てて呼び止め、あかねは自分の方を振り返った泰明の正面に立った。
「何だ?」
はだけたシャツから覗いている泰明の胸をちらりと見た後、あかねは泰明のシャツのボタンを掛け始めた。
「泰明さんは、友雅さんみたいに他の女の人に見せびらかす必要はないんです」
いつも着物の胸元をはだけていた左近衛府少将を引き合いに出してあかねが諌めると、泰明は怪訝そうな表情を浮かべた。その顔には「何故私が友雅の真似をせねばならぬ」と書いてあるようだ。
ボタンを掛け終え、ネクタイを結び始めたあかねを見ると、彼女は唇を僅かに尖らせている。可愛いその表情を見ているうちに、泰明はつい彼女をからかいたくなった。
「……では、お前になら良いのか?」
泰明のその言葉に、ネクタイを結んでいたあかねの顔が瞬時にして真っ赤になった。
わざと言っているに違いない――…。
「もう、知らない!」
結び終えたネクタイの上から泰明の胸をぺしっと叩くと、あかねはそっぽを向いた。
そんなあかねの反応を見て、泰明がくすりと笑った。
「あかね……」
そっぽを向いたままのあかねの頬に手を当てて此方を向かせ、半ば強引に唇を奪う。
「機嫌を直せ。お前の機嫌が悪いままだと、気になって仕事にならぬ」
上目遣いに泰明の方を見ると、困惑したような表情を浮かべた顔が見下ろしていた。
彼のこの表情に、あかねは一生勝てないと思う。
(もう。本当にずるいんだから……)
小さく息を吐いた後、仕方がないなあと言わんばかりの笑みを浮かべたあかねは、背伸びをして自ら泰明に口付けた。

「行ってらっしゃい」


いつもの明るい笑顔で見送りの挨拶をするあかねに、泰明は漸く微笑みを浮かべたのだった。







〜了〜


あ と が き
1万ヒットのキリリクとして創作を付けさせて頂いた泰継さんのイラストと対になる泰明さんのイラストを元に、おまけとして書かせて頂きました。泰継さんの朝の風景と同じ設定を使った、花梨ちゃんの誕生日の翌日の泰明さんとあかねちゃんの新婚家庭の様子です。泰継さんと花梨ちゃんの話を作り始めたら、自動的に泰明さんとあかねちゃんの会話が思い浮かびました^^
折角なので、これも書かせて頂き、シルビア様に捧げさせて頂くことにしました(早い話が押し付けです(笑))。
二枚ともイラストを頂いてしまったのですが、等価交換には程遠いですよね;;←既にキリリクということを忘れていたり……(^^;
シルビア様、リクエストありがとうございました。

この創作の元となったイラストはこちら
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